まだなにも決まっていない blog

まえだ治療院(兵庫県加古川市の整体院)

力動精神医学の歴史②「意識・無意識」

みなさん、こんにちは、私です。

 

 力動精神医学の歴史

maedaaaclinic.hatenablog.com

 

の続きになります。

 

みなさん、「無意識」という言葉

 

なんとなく使ってますよね?それこそ無意識に、

 

「人には無意識と言われるものがある」

この考え方と発見は力動精神医学を一気に発展させることになります。

 

無意識とは?の前に、

 

まず「意識」とは

意識というものがある前提があるからこそ、無意識がある。

(すいません。回りくどい言い回しですが、)

 

意識とは?

哲学的に、社会的に、医学的に、など

どのようなジャンルで話すのかで、

意味がきわめて多様になる言葉が「意識」です。

 

例えば「意識の違い」や「意識を失う」など

同じ意識という言葉を使いますが、

意味は全く違うものです。

 

意識の語源でいうと

英語のconsciousness  cum(ともに) scius(知った)

ドイツ語でもbe(強め)wissen(知る)が含まれますので

 

簡単には

「自分の状態と周りの状況がよく分かっている状態」

が意識が保たれている状態と言えます。

 

今回取り扱う「意識」は

主観心理学的な概念になる主観的な意識(自我意識)になります。

よく病院で使われる意識障害は客観的、生物学的な概念になります。

 

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哲学者で精神科医ヤスパースJaspers K氏がいう意識は

「現在の瞬間における精神生活の全体を意識と言う」

と定義しています。

 

ヤスパース氏は意識を

1)能動性の意識

2)単一性の意識

3)同一性の意識

4)外界と他人とに対立するものとしての自我の意識

に分けています。

 

「能動性の意識」

自己が生活しているという感覚、すなわち自己の知覚、表象、思考、行為には、

それを自分がやっているのだという意識(実行意識)があり、

これが障害されてしまうと、離人症、させられ体験が現われる。

maedaaaclinic.hatenablog.com

 

自己の知覚、表象、追想、思考、感情、身体感覚には、

それが自分のものだという意識(存在意識)ないし自己所属感があり、

これが障害されてしまうと離人症、つきもの体験(憑依体験)が現われる。
 

maedaaaclinic.hatenablog.com

 

これらはいずれも能動性の意識の障害である。

 

「単一性の意識」

自己は同一の瞬間においては1つ(一人)であるという意識で、

これが障害されてしまうと自己が分裂して2つあると体験したり、

自分の左右の半身が別々の人間であると体験したりする重複体験が現われる。

 

「同一性の意識」

自己が時間経過の中で以前から同一人であるという意識で、

これが障害されてしまうと現在の自分は過去の自分ではなく

他人だと体験されたりします。

 

「外界と他人とに対立するものとしての自我の意識」

自己と環界との境界、自己と他人との区別を意識することである。

これが障害されてしまうと外界の事象と自己を同一視したり、

自己と他人の区別が不明瞭になったりする。

 

maedaaaclinic.hatenablog.com

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ここまでがヤスパース氏がいう意識になります。

 

ここからはウィキペディアを引用させていただきます。

「意識」とは、

哲学ではデカルトの「我思う、ゆえに我あり」。

哲学の分野では長い間、意識と自我は同一視されています。

 

このように意識は、主観的に把握されてきたが、

近代に成立した科学がその研究対象とするには、

客観的な規定としては適切ではなく、曖昧であり、かつ定量的把握も困難であった。

そのため心の学である心理学においても、心や魂、あるいは意識は科学的に定義されないとして、刺激と反応で心理学を築こうとした行動主義心理学などが出現した。

現在でも心の概念と同様、意識の概念も主観的に把握されるものに過ぎず、

その存在を客観的に把握するのが難しいものであると考える心理学派もある。

 

しかし、科学的対象として客観的把握が困難であるとしても、

「意識を意識する者には、意識の存在は自明である」という命題もまた真理であると考えられることから(主観的把握)、科学的客観的には観察されないにしろ、

心の概念と同じように意識の概念も存在していると最初から前提している心理学も多い。

少なくとも一般人は意識が無いとは考える人は少ない。

そのため科学的に証明されていなくても、意識は自明のものとして扱われたりしている。

もちろん意識もまた存在しないと考える学派もあり、確定していない。

 

引用ここまで

 

書いてあることがその通りでもありますし、

読んでもイマイチわからんとなる方もいるかと思います。

 

意識のことを意識し出すと、

なんだかなんとも言えない気持ちになりませんか?

 

それこそ意識が遠のきそうな…。

 

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ちなみに無意識は、

行動などのすべてを本人が意識して行っているのではなく、

「無意識」もまた意識と同様に行動などを左右します。

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上記の図のように意識出来ていることは氷山の一角にしか過ぎず

人は無意識に支配されています。

 

自分では意識していない無意識という存在が、

精神障害を引き起こすのではないかと考えたのが

フロイトです。

 

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続く

 

maedaaaclinic.hatenablog.com

 

 

ではまた✋