まだなにも決まっていない blog

まえだ治療院(兵庫県加古川市の整体院)

精神医学の歴史⑧裏「鎖、拘束着、そして監禁」

みなさん、こんにちは、私です。

maedaaaclinic.hatenablog.com の続きになります。

 

ヨーロッパ各地では

かなり古くから僧院、その他の建物に精神障害者は収容・監禁されていました。

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ヨーロッパでの最初の精神病院は

1410年ヴァレンシア(スペイン)に作られたと言われ、

ついで1547年イギリスに※ベツレヘム癲狂院が設立されます。

癲狂院は今でいう精神病院のことになります。癲は精神病の意味です。

 

ベツレヘム癲狂院

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1247年に修道院として創設され、1330年に病院になった。

1598年にはロンドン市の管轄となり、通称ベドラム病院と呼ばれた。

病院内の環境は極めて劣悪とされ、精神障害者の扱いについては極めて非道で

あったと言われている。

また日曜日ごとにひとり1ペニーの入場料で病院内を見物させ

精神障害者を見世物にしていた。

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1815年の記録からは年間10万人の見物者がいたと推測される。

これはベドラム病院に限ったことではなく、どこの病院でも、

そのようにしていることはまれではなかった。

 

病院ではなく監禁場所

魔女狩りが終息すると、ヨーロッパでは、

のちの精神病院につながる施設が生まれてくる。

 

その多くは宗教的な施設から派生したものであり、

そのひとつがパリのシテ島にある「神の家(オテル・デュー)」です。

 

もともとは中世の十字軍遠征の際に、

キリスト教修道会などが傷病者の手当てのためにつくったもので、

1660年代から精神障害者の受け入れを始めます。

 

17世紀~18世紀には各国に精神病院が作られます。

しかし当時はこれといった治療法はありませんでした。

 

精神病院は宗教的施設か拘禁的施設に起源があり、

宗教的施設は修道院の一部が

精神病者・浮浪者・貧困者・障害者の慈善的収容施設へ転化し、

やがて精神病者の専用施設になります。

治療は祈りとミサ、薬物療法や精神療法が行われていました。

 

拘禁的施設は

多くは「癩病ハンセン病)患者」の隔離施設の転用で、

乞食・浮浪者・貧窮者・身体障害者・老人・孤児・売春婦・性病患者・同性愛者・

不信心者・既決囚・精神病者などが収容され、

フランスでは「一般施療院」、ドイツでは「矯正院」、

イギリスでは公立精神病院「狂人収容所アサイラム」や「救貧院」と呼ばれました。

 

拘禁的施設での患者の処遇は

「解き放たれた動物性」を制御する「調教と愚鈍化」で

患者の怒りの発作を恐怖で制御することが治療となっていました。

 

鞭打ち・飢餓・嘲罵に瀉血・吐下剤・皮膚刺激剤が用いられ

患者は鎖でつながれ、服は胴衣・帯革の拘束着、

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その他拘束具の手錠・足枷、押し込め籠によって自由を束縛され、

一生を病院で監禁されて過ごす状態であり、

人間らしい扱いを受けることは限りなく少なかった。

 

ウィーンの狂人塔

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1784年に建設されたウィーンの狂人塔

治療法としては古くから※helleboreバイケイソウ、ケシのエキスやヒオシンなどの

薬物が鎮静などの目的に使用され、同様の目的で瀉血も用いられたが、

その他各種の方法が治療を目的として行われた。

(※バイケイソウは嘔吐,下痢,手足のしびれ,めまい等の症状が現れ、死亡する危険もある。バイケイソウの根茎は吐剤や血圧降下剤として用いられたこともあるが、

毒性が強く現在では用いられない。)

 

冷水を頭からかける灌水療法、

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患者を籠に入れたり、椅子にくくりつけたりして回転し

ショックを与える回転療法、

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池の上の橋に落とし穴を作り患者を突然池に落としたり、

患者を落とし穴から水槽に落としたり(びっくり風呂)して

精神的ショックを与える方法など、かなり手荒い方法が行われていた。

 

当時の治療器具

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コックス(1763年-1818年)、ハララン(1765年-1825年)らが開発した

旋回機や旋回椅子があり、脳への生理学的な効果があるとされたが短命に終わる。

水浴(灌水・瀑水・放水)治療には機械化された装置もあった

 

回旋機

「遠心力で血液が脳に押しやられ、めまいとおう吐が生体強い震撼を生ぜしめて健康に有益な効用を生む」とする考え方に基づく治療法であったが

不快感・窒息恐怖・めまい・おう吐・嘔気・尿失禁・便失禁・結膜下充血が起こる。

多くの患者は4分まで耐えたという

そののちにバラニー(1876-年1936年)は回旋椅子を改造した「バラニー椅子」で

前庭機能の検査法を開発し、こちらの使い方では1914年にノーベル賞を受賞しています。

 

鎖の解放に向けて

魔女狩りが終息し、ルネッサンスによる人間復興が叫ばれる中でも、

精神障害者の処遇は悲惨なものであり、

これは虐待ではなく、“あくまでも治療”とされていたものです。

 

19世紀には「狂気」の本質や原因に対する見解が乱立し、

治療の根拠も概念的な諸説がまかり通っていました。

 

このような闇の精神科医療と平行しながら

精神科医療に画期的な変化をもたらしたのは

18世紀から19世紀初頭にかけての産業革命フランス革命(1789年-1799年)による

ヒューマニズムの鼓吹です。

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続く

maedaaaclinic.hatenablog.com

 

ではまた✋