まだなにも決まっていない blog

全くブログのコンセプトは決まっていませんが更新はしていこうかと……。

自己実現と人の欲求

みなさん、こんにちは、私です。

 

人間の3大欲求は「睡眠欲・食欲・性欲」と聞いたこともあると思いますが、

 

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「いや、人間の三大欲求はそれと違うやろ?」と異を唱える人もいて、

全く違うと言うことはないのですが、

あまりしっかりと定義が固定されていない分野でもあります。

 

でも、絶対に定まることはないと私は思います。

 

時代が移り変わりますので、欲求は常に増えていくものです。

 

例えば「ゲームがしたい」と言う欲求「SNSが気になる」と言う欲求

 絶対に100年前にはなかった欲求ですので、日々変化していくものであるのが、

人の欲求です。

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 その中でも古典的ではありますが、

人の欲求の種類と段階について紹介出来ればと思います。

 

そもそも欲求と言うのは、人間の原動力「動機付け」になります。

 モチベーションと言えば馴染みのある言葉だと思います。

 

人は通常なにかする時に無意味なもの、無価値なものと思えることに

わざわざ時間を使わないようになっています。

 

例えばお腹が空いた→食事をとる。おしっこがしたい→トイレに行くなど、

必要性にかられて意味のある、価値のあることを常に行っています。

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お腹が満腹なのにわざわざ食事の準備などしないと思いますし、

尿意もないのにトイレで出るまで待つなんてことしないはずです。

 

ただ仕事や学校など

比較的他人からの(外部からの)強制力のある場所でのやりとりでは、

 

「なんでこんなことせなあかんねん」

 

「こんな仕事俺じゃなくても、だれだってできるだろ」

 

「これが何の役に立つんだよ」と思うことがあると思います。

 

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 無意味で無価値に直面しても、目の前のことをしないといけないとなった時、

収入の確保や立場・役割などでしないといけない。

全くの無意味・無価値ではないのだけれど、「いやだな」と感じること

それを人は「欲求不満」と呼びます。

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ただこのような「いやだな」と言う欲求不満は

かなり他の欲求が満たされているからこそ感じるものです。

 

これから話す自己実現にもつながる内容になりますが、

 

欲求の一番下層(一次的な生理的欲求であり人間の欲求の土台)に

「生きていく・生きたい」と言うものがあります。

 

明日生きるか死ぬか分からないような状況に直面した時に、

日本でも最近では災害が多くなっていますし、戦争のある地域・内戦中の場所では

明日生きているのかの保証がありません。

 

また病気で余命幾ばくもない状況の時になっているときに、

「こんな仕事俺じゃなくても、他にやらせろよ」とは思う暇もないはずです。

 

仕事や学校でのもはや愚痴にも似た欲求不満は、

上の段階の欲求になりますので、「明日生きていないかもしれない」と言う

欲求不満は欲求の段階が満たされていればいるほど、感じることはないと思います。

f:id:maedaaaclinic:20210503125255j:plain人は段階的にしっかりと欲求が満たされているからこそ、

安心し、安定した生活を送る一方で次から次へと出てくる新たな欲求が満たされないと不満を感じ、文句や愚痴をこぼしてしまうものです。

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 欲求の種類と段階にはいろいろな偉い人がいろいろなことを言っているので、

今回は種類にマレーと段階にマズローを使って説明します。

 

マレーの欲求の種類

生理的欲求(一次的欲求)と心理的/社会的欲求(二次的欲求)に分かれます。

 

【生理的欲求】

A、欠乏から摂取に導く欲求

お腹が空いた、のどが乾いたから食事や水を飲むことはもちろんですが、

息を吸うもここに含まれます。

 

B、膨張から排泄に導く欲求

性的な欲求、母乳をあげるという欲求、排尿/排便の排泄行為で溜まったら出すと言う欲求です。息を吐き出すもここに含まれます。

 

C、障害から回避に導く欲求

これは危ないな、と思うことで危険な場所を避けることはもちろんのこと、毒性のあるものを避ける。暑い寒いをさける欲求です。

 

心理的/社会的欲求】

 A、主として無生物に関係した欲求

獲得・保存・秩序・保持・構成の欲求です。

 

B、野心や権力に関係した欲求

優越・達成(成就)・承認・顕示の欲求です。

これから話す自己実現がここに似ています。

 

C、地位防衛に関係した欲求

不可侵・屈辱回避・防衛・中和の欲求

パーソナルスペースを一度は聞いたことがあると思いますが、ここの欲求になります。

どんな人でも他人からの接近/接触は侵襲性(しんしゅうせい)を伴います。

 

D、力の行使に関係した欲求

支配・服従・同化・自律・対立・攻撃・屈従の欲求

他人を自分の思うように、意のまま操りたいと言う欲求にもなります。大きく言うと国を支配したいなどの欲求になりますが、SとMの利害関係もこの欲求から来ています。

 

E、愛情に関係した欲求

親和・排除(拒否)・養護・救護(依存)の欲求

他人と一緒にいたいと言う欲求なのですが、よりよい相手といるために、邪魔になりそうなら排除と拒否

逆に他人にしがみつくほどの依存も愛情の欲求です。

 

F、禁止に関係した欲求

非難回避欲求と言われ、通常、人は自分の行いを他人から非難されないように動きます。

ただそれでも非難されることが起きるのが現代です。

SNSでの炎上など、明確な禁止・違反行為ではなくても非難囂々となれば、

自粛していくしかありません。

TVでもコンプライアンスが‥で自粛している番組も多くありません。

これはやはり人間の非難を回避したい欲求から来ているのだと思います。

誰だってめんどうはいやだと思うので

 

G、質問応答に関係した欲求

認知・証明の欲求

自分を分かってもらいたい。と会話の中で伝えるように、相手を理解したいと質問する欲求です。

 

 マズローの段階欲求

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第一段階:生理的欲求

生きていくために必要な、基本的・本能的な欲求になります。

マレーの生理的欲求に近いものになりますが、

「食欲」「排泄欲」「睡眠欲」が当てはまり、生命を維持するために不可欠なものです。

動物ではこのレベルを超えることはまれですが、

人間ではこのレベルにとどまることがまれです。

 

 

第二段階:安全欲求

安心・安全な暮らしの欲求になります。

日本では大半の人が雨風しのげる家があると思います。

また行政のセーフティネットもあるので、いざとなればお金に困窮もないのかもしれません。

幼児期ではこの安全欲求はとてつもなく顕著に出ます。

自分が安全に育つ環境なのか?親たちは試されるときです。

ただ成長し大人にならば第一段階と第二段階は存在していますが、あってないようなもの(当たり前)になります。

(日本では話です。国が変われば第一段階と第二段階が満たせないこともあります)

 

それから第三段階に向かいます。

 

第三段階:社会的欲求(所属欲求)

友人や家族、会社から受け入れられたい欲求になります。

他人からの愛情と組織(集団)に所属していると言う感覚の欲求です。

この欲求が満たされないと孤独や社会的不安を感じてしまいます。

 

 

 第四段階:承認欲求

他者から尊敬されたい・認められたいと願う欲求になります。

「出世したい」も、ここに当てはまります。

 

第三段階までの外部からの欲求を満たしたいではなく、

自身の内なる欲求を満たしたい段階です。

 

注目を浴びたいなどの他者評価を気にするところから始まりますが、

最終的には他者の評価より自分自身の評価が尊重され重視されていきます。

 

第五段階:自己実現欲求

自分の世界観・人生観に基づき「あるべき自分」になりたいと願う欲求です。

自分の潜在的可能性、創造力の発揮など自己実現の欲求に突き動かされている状態になります。

 

 マズローは1~4段階の欲求を「欠乏欲求」

最後の5段階を「存在欲求」でまとめています。

 

また自己実現を達成できた人は数少ないと言われています。

 

【最後に補足で】

 自己超越というものをマズローは提唱しています。

人類の2%しかその領域には達することができていないと言われる自己超越

目的の遂行・達成を純粋に求める姿勢、見返りなどもちろん求めず、

自我すら忘れてしまうほど没頭できる人のことを指します。

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【まとめ】

マズローでは段階的に欲求を満たしていくものになりますが、

実際には下の段階を満たしていなくても、飛び越えて自己実現に向かうことも

可能です。

「明日生きれないかもしれないけど、とにかく自分のやりたいことをしよう」

となることは可能なんですが、一つ言えるのは、

段階を追って自己実現に向かわないとすぐに自分が崩れてしまうと言うことです。

 

自己実現を叶えたとしても長くは続かないかもしれません。

よくあるのが「親の反対を押し切って」などの夢の実現ですが、

第三段階の社会的欲求を満たすことなく、飛び越えて自己実現に向かうわけです。

 

第四段階と第五段階が満たされたとしても、

 第三段階が満たされることはないので、夢の実現の代わりに

強い孤独感を感じ続けることになるかもしれません。

 

「それでもいいからやりたいことをするんだ!」でも、良いとは思うんですが、

どうせなら自分の夢を家族にも応援してもらいたくないですか?

 

これは私の意見になってしまうのですが、自分のやりたいことに向かう時、

自分の親も説得できないようでは、自己実現など不可能ではないかと思います。

 

長くなってしまいましたが、自己実現と欲求についてでした。

 

終わり

 

ではまた✋